コラム9 列車事故
この数日は尼崎での列車事故のニュース一色。
ゴールデンウイークも近く、世の中がウキウキしていた矢先の事故。
本当に気の毒で残念としか言いようがない。
せめて、あのマンションに激突しなかったら、死傷者ももう少しは減っていたかも知れない。
いつも本州の首都圏や大阪近郊で驚かされるのは、線路のすぐ脇に民家が連なっていることだ。
電車から手を伸ばせば届くところに洗濯物が干してあったりする。
慣れている人にとっては普通の風景なのだろうが、北海道の人間にとっては驚きである。
自分のマンションの敷地内で多くの方が亡くなりながら過ごさなければならない
住人のストレスも大きいだろう。
こういう不慮の事故でいつも思うことは、人間の死は避けられるのか?
ということだ。
人間は生まれた瞬間にその寿命が決まっていて、人それぞれ、何歳で何の病気で死ぬとか、
長生きするとか、不幸にして事故で亡くなるとか、最初から決まっているものなのか、
そうでないのか?
残念ながら今回亡くなった方は、この事故で亡くなることが運命図づけられていたのか?
それとも、避けることは可能だったのか?
ということである。
「いつもならもっと早い時間の電車に乗るのに、その日はたまたまあの電車に乗った」
などの遺族の方の発言があったが、もっと早い電車に乗る選択肢はあったのか?
それともあの電車に乗る運命は避けられなかったのか?
ということ。
それは答えの出るものではないが、私ももしかしていつどこで死ぬのかが決まっているとすれば、
自分ではどうすることも出来ないのかも知れない。
であればこそ、生きている瞬間を大事に、無駄にしないようにしなければ、と思う。
この世に未練を残しつつ、一瞬にして亡くなってしまった方のためにも、
生きている私は充実した生活を送らなければ申し訳がたたない。
さっきのニュースで死者の方が100名を越えたと報道していた。
やりきれない。
合掌。
Mistress Boo